全色揃っていることの美しさ

アート

とってもかわいい『たべっ子どうぶつ』シリーズのガチャの景品です。

この後第2弾(キリン、サル、ワニ、ウサギ、パンダ)も出て、そっちも無事(メルカリで売買もしながら)揃いました。

 

 

コレクターの収集癖を駆り立てる動力の一つに「全種類コンプリートの美」というものがあるように思います。もちろん特定の推しキャラがいればそのグッズを手の届く範囲で追求する、という楽しみ方になると思いますが、いわゆるパッケージされたものを“箱”で収集しようとすると、どれか一つが欠けると美しくない。

今たべっ子どうぶつが第1弾・第2弾の計10種類全部揃っているので満足していますが、ここから「シークレット新キャラ追加!」などとなればまたキディランドに足を運ぶことになると思います。『たべっ子どうぶつ』でも苦労したので、『たべっこ水族館』には手を付けていません。

 

 

その理屈で、「バリエーション展開しているものを1種類抜き出すとそこに個性は失われるのではないか?」と思うことがあります。

かなり前ですが、ソフトバンクが展開するスマホの端末でPANTONEシリーズというのがありました。

引用元:https://www.softbank.jp/mobile/info/personal/news/product/201212201812120000/

豊富なカラーバリエーションで自分らしさを演出できるといったコンセプトなんだと思いますが、いざ店頭に行ってその中から例えばグリーンを手に取った時、自分のものになった時点で「ただのグリーンのスマホ」になってしまうのでは? と思ったんです。

色とりどりのスマホがカラーパレットのように並んでいるさまが美しいのであって、そこからピックアップすると途端に没個性化する。そんな風に感じて、食指が動きかけて止まった覚えがあります。

 

 

こと、人間に関しては個性を見出す難しさというのが測り難い物体(というと変ですが)な気がします。「あの子はあのアイドルグループにいた時の方が輝いてた、ソロになったら全然だね」なんて声もよく聞かれます。かと思えばグループ在籍時にはパッとしなくて、脱退してから大成するケースもあったり。

昨日monogatary.comのお題に「複数の主人公」というのが挙がって、人生の主人公は間違いなく自分自身だとは思うんだけど、「みんな違ってみんないい」なのか、「みんなが一緒だからみんないい」なのか。なんてことを思いました。

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