鬼を討ちますか

文芸

孝雄と初江は困惑した。手塩に掛けて育ててきた桃太郎が、突如「鬼を討ちに出る」と言い始めたのだ。

「鬼を倒せばこの国の腐敗した政治も良くなるのでしょう」
「桃太郎、世の中はそんな単純な話ではないんじゃ。腕力で相手を屈服させることは、根本的な解決にはならん」
「そうですよ、桃ちゃん」
「しかし、ネットでは日増しに #鬼を滅ぼせ の機運が高まっています。武芸に勤しんできた私こそが戦わずに、誰が鬼の首を取れましょうか」
「桃太郎、ここのところ部屋に引きこもっていたかと思えば、ネットの情報に踊らされよって」
「埒があきません、私はもう出ます」
桃太郎はそう言うと、二人が営む和菓子店のショーケースに並ぶ吉備団子をパック詰めしてリュックにしまい、「日本一」と書かれた襷を掛けて身支度を整えた。
「孝雄さん、初江さん、今までお世話になりました」
「桃ちゃん」
「初江、もう無駄だ。勝手にさせてやれ」
「そんな……」
「……。行って参ります」
憔悴する初江と、溜息まじりに首を振る孝雄。桃太郎は、半ば飛び出すような恰好で軽自動車に飛び乗った。無論孝雄の車である。

 

「クソッ、孝雄さんと初江さんのアホ。なんで分かってくれないんだ」
桃太郎は泣いた。社会を変えるためには誰かが立ち上がらないといけないのに、そう思ってハンドルを握ったまま涙した。
幸か不幸か、桃太郎にはネット上に同志がいた。
(今日、私は鬼退治に向けて村を出ました。応援よろしくお願いします。この行動が良いと思ったら高評価よろしくお願いします)
投稿に多数の「いいね」が付いたことを確認し、桃太郎は側道に停めた車の中で眠りについた。

 

スマホのアラームでも小鳥の鳴き声でもなく、警官がガラスをコンコンと叩く音で桃太郎は目を覚ました。
「お兄さん、ちょっとここ、車停めちゃうと迷惑なんだよね」
出たよ、鬼の下僕たちだ。桃太郎はそう思いながら窓を開けた。
「なんですか? 私は日本一の桃太郎ですよ」
「桃、太郎さんというのね、はいはい。お兄さん悪いんだけど、免許証見せてもらっていいかな」
「免許? 鬼殺しに免許が要るのか」
「面白いこと言うね。免許証持ってないんじゃあ、不携帯だなあ」
「何を訳のわからんことを……」
「あれっ、お兄さん。それ刀じゃないの? 木刀? ちょっと見せて」
「これは千歳飴だ」
「なんだ、ややこしい。まあとりあえず、パトカーに乗っ」
ブルン、キキイイイ。桃太郎は逃げた。
「あっ、こら!」
「免許不携帯で職質の男、白の軽自動車に乗って市街地方面へ逃走、応援願います」

 

桃太郎は一転して追われる身となった。
「なんで鬼を倒そうとしている私が、その下僕から逃げねばならんのだ」
(鬼退治の道中、警官に強引で悪意のある職質を受けました。これは国家権力の濫用ではないでしょうか。賛同していただけたら高評価よろしくお願いします)
やはり投稿に多数の「いいね」が付く。見ろ、私は間違っていない。桃太郎は付け加えた。
(旅の仲間を募集中!明日の正午、運動公園駐車場でお待ちしています)

 

集合場所には誰一人いなかった。
桃太郎は泣いた。「いいね」って何なんだ。「とりあえず読みました」っていう意思表示だけなのか。
(※再告知!旅の仲間を募集中!今現在、運動公園駐車場でお待ちしています)
桃太郎は「いいね」を付けてきた人間に、手当たり次第アプリの通話機能を使って連絡を取った。

「犬山、お前ここから近いだろう。なんで来てくれない」
「えっ、桃太郎くん? 今仕事中なんだよ、平日なんだし分かるだろ」

「猿川、さっきの投稿に『いいね』くれただろ。来いよ」
「いや、流石に暴動を起こすのは違うっていうか……」

「雉田ぁ、頼むから運動公園に来てくれよぉ」
「正直に言うけど、俺あんたの姿勢にちょっと引いてるんだよね」

 

桃太郎はひどく傷ついた。特に雉田の言葉は胸に刺さった。
「もうこうなったら仲間など要らん。革命家はいつの世も孤独なのだ」
桃太郎は、仲間を連れて旅行気分を味わおうとでも思ったいたかもしれない自身を恥じた。これは遊びではない。世を正すための決死の戦いだ。
鬼ヶ島へは一本の陸橋で結ばれている。桃太郎は、橋の入口で検問が張られているだろうと推測した。さっき口を滑らせて鬼殺しがどうなどと警官に話してしまったからである。
車を乗り捨てて側道を歩くか? しかしそれでも職質は受けるだろう。桃太郎は悩んだ末に結論を出した。

 

「検問突破! 検問突破! 先程の白の軽自動車と同一と思われる」
こうなりゃやけだ、車ごと鬼どもめがけて特攻してやる。桃太郎は玉砕覚悟でアクセルペダルを踏み込んだ。後方からやかましく鳴り響くパトカーのサイレン。軽自動車では追い付かれるか。あと数キロ。飛ばせ飛ばせ。あと数百メートル。
「突っ込めえぇー!」

橋の出口、鬼の棲む砦の大門にぶつかるところで、桃太郎と車はフッと消失した。

 

「……郎。桃太郎」
「うーん」
「桃太郎や、桃太郎」
「? その声は……」
「聞こえたか。わしだ、孝雄だ」
「孝雄さん? どうしてここに? いや、ここは一体……」
「見覚えがないか? その白い空間に」

桃太郎は戦慄した。

「ここは……桃の中?」

まるで白い闇に包まれたような四畳半ほどの空間。忘れているはずがなかった。桃太郎は記憶が芽生えた頃から数か月、この白い桃の中で閉じ込められていたのである。
「どうして私はここに? 孝雄さんがどうしてそのことを? 訳がわからない」
「桃ちゃん、元気だったかしら」
「初江さん……」
「桃ちゃんは、『バッドエンド』を選んだのさ」
「『バッドエンド』?」
「鬼退治に行く選択肢は、バッドエンドだったのよ。テレビゲームなんかであるでしょう。桃ちゃんは、桃の中で生を受けた瞬間から始まった人生のゲームで、ちと選択肢を誤ったんだねえ」
「ちょっと、本当に意味がわからないよ」
「今回の桃太郎は順調に育ったかと思ったがの。パソコンとスマホを自由に触らせたのが失敗だったかな」
「今回の、ってどう言うことですか、孝雄さん。初江さん、ねぇ」
「ゲームオーバー。桃太郎は記憶をリセットして、最初からやり直しじゃ」
「じゃあ、一体どうすれば良かったんですか」
「わしらはゲームのプレイヤーじゃ。わしらにもわからんよ」
「そんな…」
「私たちもゲームに没頭しとる間に老けてしまったからねぇ。あと一周くらいが限界かもしれないねえ、孝雄さん」
「そうじゃな。では桃太郎よ、桃の中に戻ったところでリセットボタンを押すぞ。グッド・ラックじゃ」
「やめてくれえ!……」

 

 

川にたいそう大きな桃がドンブラコ、ドンブラコと浮かんでいる。

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